要領わるく生きています

中卒のへっぽこ編集アシスタントが、日々の学びを中心に記録しています。

欲望に素直になる。私は世界を旅したい。

☆自己紹介はこちら → はじめまして! このブログについて説明します。

○はじめてのひとり旅

17歳の冬休みのことでした。夢中になっていたミュージシャンが所属している事務所の、全バンドが出演するライブイベントにどうしても行きたくて、コツコツ貯めたお小遣いを夜行バスのチケットと宿代に換え、ひとりで東京に向かいました。

大阪駅で乗り込んだバスは、クリスマスシーズンだからか、満席。となりには見ず知らずの人が座り、安心することもできず、かばんを胸にギュっとかかえてようやく眠ることができたのは、夜が明けようとするころでした。

睡眠不足のまま東京駅で迷子になるものの、どうにか電車に乗り原宿へ。マクドナルドで朝食をとりつつ時間をつぶし、人通りがでてきたタイミングで、竹下通りや明治通りをキョロキョロしながらぶらつきました。人の多さや、個性の豊かさに圧倒されつつ、ひとしきり楽しみ終えたあと、ライブの会場へ向かいました。

電車の乗り換えは、下調べのかいもありバッチリで、迷うことなくZepp Tokyoに到着できました。エントランス前は開場を待つ人々で溢れていて、高鳴る胸はさらに加速。待ちわびたこの日のライブはパーフェクトで、これ以上ないほどの喜びと幸福感でいっぱいになりました。

 

○ゲストハウスでの怖い体験

幸せな気持ちのまま、向かったのは南千住のとあるゲストハウスでした。限られたお小遣いのなかでやりくりするために、前もって調べておいた一泊2,500円の安い宿。2段ベッドが3つある相部屋で、私のほかに外国から来た女性が1名と、日本人女性が1名いました。

とても親切な方たちで、安心して寝られると思ったのもつかの間、しばらくすると、外からガラス瓶が割れる音と怒鳴り声が聞こえてきました。「大丈夫、朝になればおさまってるよ。この辺りの夜は治安が悪いから、覚えておいてね」と優しい口調で教えてもらいました。

しばらくしても外の音は静まらず、怖くて寝られずにいたら「大丈夫だから、気にしないで寝たほうがいいよ」とふたたび優しく声をかけてもらい、そのおかげでやっと眠ることができました。
(近年の南千住の治安はぐんとよくなったそうですが、当時の私にとって怖い体験だったので、それ以来、泊まる場所には十分気をつけるようにしています。)

○旅のおわりの達成感

翌朝、辺りが静かなことを確認してから荷物をまとめ、ゲストハウスを出発し、ふたたび原宿へ向かいました。朝ごはんを食べては街行く人々を眺め、ライブの感想を手紙に書いては街行く人々を眺め、そんなことを繰り返しているうちに、あっという間に時間が過ぎていきました。

東京駅で大阪行きの夜行バスに乗り込み、車内がしんと静まりかえるころには、とっくに東京の街から離れていました。まわりの人たちはみんな眠っているのに、私は朝まで眠ることができませんでした。相変わらず、となりの席には見ず知らずの人が座っているけれど、それが原因ではありませんでした。

2日間の出来事をふり返りながら、私は達成感に満ちていました。はじめての東京。雑誌で見た憧れの場所に行けたこと。念願のライブに行けたこと。怖い思いもしたけれど、親切な人に出会えたこと。はじめてのひとり旅を無事に終えられたことに気持ちが昂ぶり、ほとんど眠ることなく、とても清々しい朝を迎えることができました。


○旅のはじまり

この旅をきっかけに、学生の間、お小遣いを貯めてはひとりで旅に出るという機会をつくっていきました。といっても、せいぜい行けたのは近場の関西をのぞけば、東京に数回と、北海道と、ニューヨークだけです。

数だけで考えると、とても少ない経験です。でも、そのいくつかの旅は、とても大きな経験として身体中に染み込んでいます。知らない土地に行けば、不安になったり怖い思いをすることもあります。でも、知らない人の親切に触れたとき、とても大きな喜びを感じられます。美しい風景を見たり、美味しいものを食べたりして、感じられる幸福もあります。

もっといろんな場所に行きたい。いろんなものを見て、感じて、体験したい。そんな欲望が私を突き動かしてきて、いままさに、仕事を通して日本中のいろんな場所に行くことができています。仕事を通して行くことで、その土地の人たちに出会い関わることができています。そこには、ひとり旅では見えなかった世界が広がっていて、知れば知るほど、知らないもので溢れていることに気づきます。

 

○あらたな旅へ

いまの仕事について約6年がたちました。来年、私は30歳になります。これまでの人生をふり返り、未来を思ったとき、ひとつの欲望が湧き上がってきました。それは、世界のいろんなところに行って、いろんなものを見て、感じたいということです。これを夢と呼ぶには曖昧すぎるけれど、少しずつ、近づいていきたいと思います。